『ゴールデンカムイ』における縦の物語と横の世界

エッセイ

映画は、杉元とアシリパの信頼が時間で変化していく「物語」を描く。
漫画は、自然の中で獰猛さと穏やかさが共存している「世界」を描く。
つまり、映画は縦に進む物語であり、漫画は横に広がる世界です。

本稿では、『ゴールデンカムイ』の映画版が関係性の変化を軸に再構成された作品であり、漫画版が世界そのものの厚みを描く作品であることを具体的に比較してみたい。この違いを明確にすることで、メディア間で広がっていく『ゴールデンカムイ』像を捉えることができたら面白いと思います。

以下、本文は映画『ゴールデンカムイ』や原作漫画3巻までの内容を踏まえています。ネタバレも含みますのでご注意ください。

映画は信頼を築く物語

映画は杉元とアシリパが協力を結ぶシーンを強調します。

「俺と組んで金塊をみつけよう。二人で手を組めば鬼に金棒だろ?俺は少し分け前をもらえればいい」
「お前はなんで金が必要なんだ」
「とにかく金が必要なんだ」
「分かった。手伝う。ただ一つだけ約束しろ、人殺しは無しだ」

映画より

杉元の「金が必要」という言葉に対して、信じきれていない表情をするアシリパ。しかし、アシリパも父親のかたき討ちのため協力することを決めます。
アシリパと杉元が向かい合うシーンでは、夜の山を舞台に、二人の間で焚火がはぜます。二人は出会い、ひとまず契約関係を結びますが、そこにはまだ緊張感が残っています。

続いて、二人はアシリパが暮らすアイヌの村へと立ち寄ります。ここで二人の関係が決裂します。
杉元は、アシリパの生活や、家族を失った孤独を知ることになりました。アシリパを巻き込めないと感じた杉元は一人で村を立ち去ります。

単独で行動することにした杉元は早速、同じ金塊を追う鶴見一派の第七師団に拘束されます。アシリパは助けに駆け付け、逃走中の馬ぞりから落ちそうになっている杉元に手を伸ばしました。手をつなぐ演出が強調され、二人の関係が協力へと変わったことが示されます。

無事に逃げ切った杉元は、なぜ金を必要としているのかを打ち明けます。
日露戦争から帰った杉元は、ほとんど目が見えなくなっていた梅子から「あなた、どなた?」と言われました。血の匂いなのか、または戦争で何かが変わってしまったのかという杉元の言葉。自身の変化を疑いつつも、寅次との約束を果たすために金を手に入れようと決意しています。

杉元の過去を聞いたアシリパは「生きている限り役目がある」と言います。ここで杉元の役目は金ではなく、約束を果たすことになりました。杉元は戦争によって「何かが変わってしまった」と感じつつも、アシリパの言葉によって役割を見出し、内面の変化のきっかけにもなりました。

ここまでで、アシリパの孤独と杉元の迷いが共有され、二人が同じ目標を追う同志となったことが映画では丁寧に描かれています。

一方で、漫画の当該シーンを確認してみます。
まずは最初に二人が協力することになったところです。

『ゴールデンカムイ』1巻、第2話ウェンカムイより

「人を殺した熊は、悪い神となって地獄に送られる。わたしも人を殺したくない」というアシリパに対して杉元が説得を試みます。そして、二人は一方向へと視線を向けます。アシリパは杉元を、杉元は行く先を。そして、次のコマでは暗示的な表現として入れ墨の囚人たちが折り重なっています。

この杉元・アシリパの関係の描き方は、対立が前面に押し出されていないようです。
杉元がアシリパに協力を持ち掛け、説得しています。杉元が実行役、アシリパが司令塔である、一線を引いた関係です。アシリパはまだ子どもであり、行く先の不穏さからは保護しなければならない存在である印象が残ります。

つづく漫画では、映画で描かれた緊張感→決裂→結束へ至る流れは、明確に表現されていません。杉元がアイヌの村でアシリパの生活を知り、一人で出発するストーリープロットは同じです。しかし、対立が描かれない漫画では保護関係の進展のように読めます。

『ゴールデンカムイ』2巻、第14話遠吠えより

杉元が無事に鶴見一派から逃げ出したシーン。
杉元の過去の約束についても、杉元の回想によって読者に伝える形で明かされています。アシリパには伝えられておらず、杉元は秘めた思いを抱えたままです。

『ゴールデンカムイ』3巻、第19話駆けるより

総じて映画では、杉元とアシリパの推移〈緊張と決裂と結束〉が物語の軸になっています。もちろん、漫画でも二人の信頼関係は深まっていきます。しかし、映画では漫画の3巻部分までで杉元アシリパの関係をより強固に描き切る必要がありました。これが一旦完結を見せなければならない映画としての工夫です。

漫画では世界が描かれる

映画の導入シーンは日露戦争時の二百三高地です。

まさに生きては戻れぬ地獄の戦場であった

映画より

日本兵が突撃していく中で、「佐一」と呼ばれた青年が敵兵の塹壕に飛び込んで奮闘します。アクションシーンが続き、倒した敵兵の中で一人立ち上がり、青年はカメラに向かって「俺は不死身の杉元だ!」と獰猛に叫びます。

場面が変わり、山中の雪景色。そこを一人歩く杉元佐一の姿とゴールデンカムイのタイトルが出ます。「二年後北海道」と字幕で説明され、杉元が川で砂金を掬っているシーンへ。

映画冒頭では主人公紹介のために戦場が描かれ、視聴者に「不死身の杉元」を知らせています。「不死身」の呼称は杉元のキャラクター像を規定するものとして機能しており、名前やラベルとして明示されます。

加えてこれらの冒頭シーンは、戦場の特異性も表現しています。
俯瞰アングルから丁寧に示される戦場の描写。
杉元の「俺は…」の叫び、その際の表情や声質で表現される人間の獰猛さ。
戦場は経験した者の人間性を変えてしまう場所として強調されています。それが「不死身の杉元」の誕生にもつながり、物語の導線がつくられていきます。

一方で漫画の導入はもっと簡潔です。そして、特徴がある表現が次の場面です。

『ゴールデンカムイ』1巻、第1話不死身の杉元より

決死の獰猛さと水桶に映った自分の無表情さ。このふたつが対照的に表現されています。あくまで、杉元の中の二面性を強調して描かれています。獰猛さと泰然の二面性、このふたつが平然と同居しています。

獰猛さと穏やかさの同居は、舞台となった北海道の自然にも通じます。
ヒグマも戦争も人間の暴力も、同じものとしてあります。一方で、獰猛な自然は北海道の大地やアイヌ文化の土壌でもあります。善悪や目的の話ではなく、結果として存在しているものとして並べられているにすぎません。杉元はその存在を認め、決して否定したり遠ざけたりはしません。

漫画冒頭において「俺は…」の叫びがないことで違う性格が強調されています。漫画における「俺は…」の叫びは命を懸ける決死の叫びです。やらなければやられるとき、死は当たり前にあるが、それを受け止める側にとっては当たり前ではない。そのような場面に飛び込んでいくための覚悟の叫び。

映画冒頭では、戦場でひとり立ち上がって叫ぶ凶暴さの発露とキャラクター付けのため。戦場という特異な経験として「不死身」さを必要とし、望まぬ変化として描かれました。
漫画では、戦いに赴く前の覚悟の叫びとして。自然に内包された者のあり方として描かれています。

漫画の残酷・文化・ギャグ

映画は時間制約のため、ストーリー軸を優先します。そのため全体を通して除かれている要素があります。それは残酷な表現、アイヌ文化の描写、ギャグです。

漫画は、人の暴力やヒグマに襲われるシーンが生々しく描かれていて、怖気を誘います。自然の中では人間も動物も等しい存在であり、「簡単に破壊されてしまう」という印象が強く残ります。

『ゴールデンカムイ』2巻、第10話博打より

一方でアイヌの食生活や文化も、物語の中で紙幅を割いて解説されていきます。

『ゴールデンカムイ』2巻、第12話カムイモシより

またギャグ要素は、主に杉元やアシリパたちのやり取りによって表現されています。このじゃれ合いは仲間たちの関係性が深まっていく表現の一部です。残酷な戦いの中で、人のしたたかさも感じられます。

『ゴールデンカムイ』2巻、第14話遠吠えより

総じて、漫画には独特の灰汁の強さがあります。過剰で生々しいが、実在を感じる世界になっています。この世界は、暴力・文化・ギャグといった過剰で密度の高い要素によって支えられています。出来事を因果的に前進させた映画に比べ、漫画ではその世界に何が存在しているかを、横断的に提示する構造を持っています。

おわりに

映画と漫画、それぞれにメディアとしての特性があります。映画は時間制約上削ぎ落としが必要で、その中で、どのような物語を描くか選択されました。漫画は作者の世界観が十分に表現されていきます。結果としてそれぞれが違う見応え、読み応えをもった作品となりました。

映画は杉元とアシリパの「関係の変化」を軸に再構成され、縦の時間が意識された作品です。
漫画は世界の中で「同時に存在するもの」を並べて提示する、横の世界が表現された作品です。

メディアごとの特徴の違いが作品を広げていくようです。
映画を観終えたあとには、杉元とアシリパの関係が前へ進んだ感覚が残ります。一方で漫画を読み終えたあとには、北海道の自然や空気、人間たちの獰猛さと滑稽さが、ひとつの世界として身体に残り続けました。『ゴールデンカムイ』は、メディアの異なる方法で、その世界を味わわせてくれているのかもしれません。

参考文献・映画

野田サトル『ゴールデンカムイ』全31巻、集英社(キンドル版)
久保茂昭(監督)『ゴールデンカムイ』CREDEUS、2024年(サブスク配信版)

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