【要約・感想】『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』を読んで ― 内容のまとめと遊び心の余地について

読書

皆さんこんにちは!

今回はニック・チェイター『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』のまとめと感想を書いています。

今までの自分像が変わるような読書になりました。翻訳本特有の読みにくさはあるものの、面白い本です。

内容

心には表面しかない

冒頭から結論が述べられます。

曰く、心には表面しかない、と。

言動というのは大海原の表面にすぎずその水面下の測り知れぬ深みでは本人すらはっきりとは把握できない内的な動機や信念や欲望といった力が渦巻いているのだ、という感覚は、いわば私たち自身の心が仕組んだ手品にすぎない。深いところには何もないとか、実際には浅いのだと言っているのではない。表面しかない、というのが真実なのだ。

p15

「人間には無意識があって、そこに隠された動機や欲望があって、そういう部分を認めていくのが大切なんだ。」

「自分の意見をすぐに言える人は、日ごろからよく考えることで内的に豊かな思考世界を作っていて、そこから意見を出してくるんだ。」

時に、僕たちは内面を掘り下げて動機を探したり、無意識に頼って問題を解決しようとしたりします。これは脳の機能を誤解しています。

本著は、実験を引きながら僕たちの直観を否定していきます。

主観では、視界の隅々が見えていると錯覚している。しかし、視覚はほんの限られた部分しか認識できない。また一度にひとつの意味のまとまりしか見ることができない。それ以外の視野は無視される。

心の中の映像や夢も矛盾だらけの不完全なもの

「虎のイメージ」を思い描いてみる。その時、虎の顔や、足や、しっぽの縞模様がどうなっているかは一度にイメージできない。

感情も行動の理由も、後から解釈されたもの

自分が置かれた状況や、自分の生理学的状態に基づき解釈されたものが感情。行動の動機も、正当化・一貫性の確保のため事後に捏造されている。

「思考のサイクル」説

誤解は明らかにされました。では、実際に脳はどのような働きをしているのか。

本書では「思考のサイクル」という説を導入しています。

脳が用いているのは多数のニューロンからなる広大なネットワークの協働的な計算であるという事実そのものが重要だ。つまり、各ネットワークは巨大なワンステップを協調的に進めているのであって、従来型の計算機のようにほとんど無限に小さな情報処理ステップを数限りなくこなしているのではない、ということが示唆されているのである。この巨大な協働的ステップのシーケンス、すなわち、一秒あたり数回のビートで進んでいく不規則な律動を、筆者は「思考のサイクル」と呼んでいるのである。

p218

パソコンはクロック数という回数の勝負。一秒間で何十億回と処理を行います。

比べると、人間のニューロンは遅い。その代わり、無数のニューロンがネットワークを作り、協力して処理を行います。遅いけれど、広い処理です。

脳の広範囲が協力して、一秒あたり数回のビートで情報を処理していく。これが「思考のサイクル」

「思考のサイクル」の特徴は以下の通りです。

一度に一つのことに対して、注意を向けて意味を解釈している。

このサイクルを一回回す、それを次々と行っている。

サイクル中の過程は自覚できず、解釈や意味づけの結果のみを意識する。

思考とは感覚から得た情報に解釈や意味付けを行うもの。

つまり、人間の情報処理とは「注意を払う→脳が処理する→分かる」の繰り返しを行っているということです。自身が意識できるのは「分かる」の部分だけ。

自分の行動をコントロールする無意識や内なる自分は存在しません。ただ、解釈を行うための過程は意識されません。ここは従来とは違う意味での「無意識」部分といえるでしょう。

一方で思考の流れとは、解釈の連続体です。無意識のうちに数学の問題を解くことはありません。無意識によって問題を解いたとされる数学者ポワンカレの話が否定されています。

マルチタスクにしても、一度に一つの処理を広大なネットワークで行っている脳にとっては、ネットワークの足の引っ張り合いにしかなりません。

人間の発揮する個性はネットワークに保存されている過去の解釈が影響します。保存された解釈が、新たな思考のサイクルに再利用されていくからです。

個性とは、過去の解釈の積み重ねといえます。

即興で遊ぶ

シンプル

人間の思考はシステム1とシステム2に分けられるという考え方は有名です。

しかし、本著の「思考のサイクル」説の方がシンプルに感じます。

早い思考のシステム1は、一回目のサイクルによる解釈。

遅い思考のシステム2は、一回目の結果をネットワークに組み込んだ二回目以降のサイクルによる再解釈。

脳は一度に一つの作業を行っているので、解釈の再解釈を行っているとそれだけ遅くもなりそうです。

かつて、複雑な計算が必要だった天動説が、シンプルな地動説のモデルに変わったように。

人間の脳も、機能をいくつかに場合分けするモデルより、一つのモデルで説明できた方がよさそうだと思います。

遊び心

マインクラフトというゲーム。世界一売れたインディーゲームとしてギネスにも登録されているゲームです。探索をしたり、素材を集めたり、拠点を発展させたり。電子回路もゲーム内で作ることができて、奥の深いものづくりができます。

個人的に、マインクラフトは序盤が最も楽しい。目の前には、毎回形の違う世界が広がり、木を切ったり、坑道を掘ったりして、あーだこーだといじくっていく。この余白と遊び心の余地にワクワクします。レゴブロックなども同じですね。

人間とは、思いのほか創造を基盤にした生き物である、と思います。

前に開いた可能性、余白、自由奔放さにワクワクする気持ちというのは、人間の在り方に根差したものだからではないでしょうか。

本書にも書かれた、そもそも脳による解釈が即興によって行われているという主張は面白かったです。

だとしたら、解釈を集めるというのは、遊びにもなります。マインクラフトが素材を集めるところから始まるように。

経験を携えて、機に臨む。

いつでも、どこでも通用する正しさを見つけるのは難しいものですしね。

ニューロンネットワークの質が変われば、解釈も変わっていく。ただそういうものとして、心をとらえていくのもいい。再解釈を繰り返していくことも、新しい意味につながっていくと思います。

書くことも解釈を残すことにつながります。その時にしか書けないことがある、という話はよく聞ききます。

一度に一つの解釈のつながりとして一連の思考があるとすれば、思考とは再現性が低いものかもしれません。だから、思考を残しておくというのは、解釈を残し新しい創造につながる遊びの、そして大きくは文明的な発展のために大切な営みでもあるんだと感じます。

書誌情報

ニック・チェイター (著), 高橋 達二 (解説, 翻訳), 長谷川 珈 (解説, 翻訳)『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』講談社、講談社選書メチエ、2022年

コメント

タイトルとURLをコピーしました