皆さんこんにちは!
直木賞を読むシリーズ。
今回は一穂ミチ著『ツミデミック』です。第171回直木賞受賞作の感想になります。
本作は短編集であり、ひとつのモチーフに沿って多様な物語が楽しめます。一読の価値ありです。
それでは、お楽しみください!
作品について
一穂ミチさんは本作で第171回直木三十五賞を受賞されました。過去に『スモールワールズ』『光のとこにいてね』で2度候補作に選出されていましたが、3度目の正直での受賞となりました。
タイトルの「ツミデミック」は罪×パンデミックという意味らしいです。
パンデミック pandemick
ご存じ、感染症が世界的に流行すること。
「全て」を意味するpanに、「人々」を意味するdemosを組み合せています。
つまり「ツミデミック」とは、パンデミックの世の中で、罪を犯してしまう人々を描いた作品だといえます。
『ツミデミック』は以下の6編が収録されています。
違う羽の鳥
ロマンス☆
憐光
特別縁故者
祝福の歌
さざなみドライブ
罪には罰を 罰には赦しを
本作のモチーフは「罪」です。
罪といっても様々な罪があります。明文化された法律に対する違反。道徳的・倫理的な違反。宗教的な罪。はたまた、自分や他人に対して結んだ約束の違反。
収録作品の中には、「罪の告白」が主題になっているものもあります。それぞれの登場人物がどのような罪を犯しているのかがポイントになってきます。
そして、罪には罰があります。
罰には他人からの圧力としての罰があります。例えば、警察に捕まって服役するとか。それ以外にも、自分の意識としての罰もあり得ます。不安や焦り、罪悪感による苦しみです。
罰を受ければ、赦されます。
罪が赦されると元の生活に戻っていくことができます。はたまた、赦されなかった場合もあります。その場合に待ち受けているものは何でしょうか。
「罪を犯した人々」。
一編一編で、様相の違う罪から、それぞれの結末へ。
展開が多様で、罪や罰、赦しの変化の対照が楽しめます。結果として、ひとつひとつの作品に確かな印象が残る作品です。
罪には赦しを
例えば、「特別縁故者」。個人的には、これが一番読み味の良い一編でした。
主人公は、料理人として職を失い怠惰な生活を送る恭一。ある日息子が近所の家で1万円札をもらってきます。その家には、ちょっと怖いおじいさんが住んでいました。恭一は、うまく取り入ってお小遣いでももらえないかとの下心から、澄まし汁を持参したことをきっかけに、定期的に料理を作ることになります。
何とかしなきゃ、とは思っている。スマホを弄って二時間、三時間と過ごしている間にも、陽の高いうちから眠りこけている間にも、焦りや罪悪感が消えた例しはない。誰に言っても信じてもらえないだろうが、本当なのだ。
p106
パンデミックが終わった世の中では、何事もなかったように動き出している人々がいます。それでも、なかなか復帰できない人もいたはずです。恭一も周囲の雰囲気の変化についていけずに、焦りや罪悪感を抱いていました。
情状酌量。恭一の境遇は、そんなこともあるだろうし、周囲と比べてしまう苦しさはよくわかります。だからこそ、恭一をどうしても「お前が悪い」と切って捨てることができません。
また、恭一は料理に対してとても真摯です。ただただ、不器用な職人であり、不器用故に周囲に甘えがあるだけでした。
彼の罪がどうなっていくのか?
彼の真摯な一面に触れたことでどのような印象を抱くのか?
赦されるとは、認められることに近い。
その小気味よさを楽しんでください。
罰なき罪には自律の崩壊を
罰せられない時、赦されない時、人はどうなってしまうのか。考えてみると、怖いことです。
当人にとっては、罪の意識の有無が大きい。罪悪感に耐え切れなくなれば、告解に至り、罰を受けて、赦しを得る道も開きます。
しかし、その道を外れてしまうと?
その人物を周囲から見ると人間性の崩壊を強く感じることになるでしょう。自制なき手段の選択を目の当たりにすると共感が切れてしまいます。
同じ人間とは思えない、という不安感や危機感。そういったことを感じます。
例えば「憐光」です。
主人公は、高校の片隅にある松の木の下で急に目覚めたように気が付いた唯。唯は周囲の人々への違和感を感じつつも、母の元に帰ることにします。彼女はとある事件の当事者です。ただし、違う位相に存在しているため、当事者でありながら事件の関係者を客観的に眺めることができました。ここに著者の工夫があります。
罪悪感が報われないことによって、タガが外れてしまう様子が詳細に眺められることになります。急転直下、「えっ? えっ?」と思う展開が待っています。
赦す者が必要
「特別縁故者」と「憐光」の対照は、赦す者の必要性を浮かび上がらせてきます。人は罪を犯したとき、別の誰かから赦される必要があるのかもしれません。
赦されることを不要としたり、そもそも赦される機会がなかった時、手段の選ぶ基準が先鋭化していってしまう。そういう怖さを感じます。
おわり
「パンデミック」という設定については、もうそろそろ食傷気味の方もいらっしゃるかもしれません。正直に言うと僕は「もういいよ…」という気分になります。ただ本作では、「パンデミックだから」という要素があまり前面に出ていなかったのですらすら読めました。
全体として一編一編がまとまっていて、「罪」というモチーフからの変奏が多様なので楽しく読めます。
それでは、今日はここまで。最後までお読みいただきありがとうございました!
書誌情報
一穂ミチ『ツミデミック』光文社、2023年
コメント