【感想】人の心に寄り添う科学―直木賞受賞作『藍を継ぐ海』を読んで

感想

皆さんこんにちは!

今回は『藍を継ぐ海』の感想を書いています。

すごく丁寧で、心温まる優しい物語でした。

多くの人におすすめできる作品です!

伊与原新『藍を継ぐ海』

著者は東京大学大学院理学系研究科地球惑星科学専攻で博士号を取得しています。

本作は第172回(2024年下半期)直木賞受賞。全5編の短編小説です。

作品にも経歴の特色が反映されており、「科学」が重要なモチーフになっています。

「夢化けの島」の地質学と陶芸家。

「狼犬ダイアリー」の絶滅したニホンオオカミ。

「祈りの破片」の原爆資料。

「星隕つ駅逓」の隕石と郵便局の歴史。

「藍を継ぐ海」の黒潮とウミガメ。

しかし、ただ「科学」を扱っているだけではありません。一編一編が「科学」に寄り添う形で、人の心を大切に扱っています。

あたたかく、こころ休まる作品で、多くの方におすすめします。

主人公たちの心の形にはまる科学

科学だけでもなく、人の心だけでもない。

人の心の形によりそってくる科学。

科学も人間の営みであり、たくさんの思いが詰まっています。

本作を読むと、科学が無味乾燥な情報の蓄積ではないことに思い至ることができます。

「夢化けの島」

研究に対する自分なりの思いは胸の底で突沸したのだけれど、それを即座に言語化して言い返すことができなかったのだ。今も、上手くできるかと言われたら自信がない。

p11

主人公・歩美は大学で助教を務めており、火成岩岩石学を専攻しています。主な研究は見島の地質調査です。今回も、研究のため島に渡っていました。

胸の中にキャリアとやりたいことが明確にならない悩みを抱えて。

その道中のフェリーで出会った青年が気になる歩美。青年が見島に来た目的を知り、協力することになります。

青年との交流を通して、自身の研究に対する考え方も変化していく歩美。

「千二百万年という時の流れをたたえた器を作る」

営みの一部としての研究を再発見していくことになります。

歩美に起きたことは劇的な変化ではありません。日々の営みがちょっとだけ前向きになる心の変化です。でも、こういう変化こそ必要な時があるのです。

本作は、こういう変化を丁寧に掬い取っていきます。

場面が視覚化されていく

「夢化けの島」の目の前に浮かんでくる、島の遠景

「狼犬ダイアリー」の田舎の伝説に残るオオカミの面影

「祈りの破片」の原爆の資料を集めた研究者の執念と祈り

「星隕つ駅逓」の郵便局と家族への思い

「藍を継ぐ海」の黒潮から太平洋におよぶ、壮大なめぐり逢い

端麗で美しい表現によって、眼前には大きな風景が見えてきます。それは、人の思いであったり、悠久の自然であったり。

「祈りの破片」の一人の研究者が残した執念の蓄積や、「藍を継ぐ海」の地球規模での長い旅路などは、思わずのけぞってしまうほどの壮大さと迫力を感じました。

「星隕つ駅逓」は家族を思うばかりにずるいことをしようとする気持ちと、時の流れとともに消えていこうとする歴史と、その中でも残るものがあり次に向かっていく人々の姿に、胸がきゅっとしました。さみしさと愛おしさとの半々の気持ちがあふれてきます。

書誌情報

伊与原新『藍を継ぐ海』新潮社、2024年、Kindle版

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