『チ。』の感想・考察 ― メタフィクションの面について考えてみた

マンガ

皆さんこんにちは!

今回は『チ。』についての、感想兼考察の内容となっています! 主に「メタフィクション」としての面に言及しています。

深い読み応えのある『チ。』の魅力が少しでも伝われば幸いです。

それでは、お楽しみください!

史実を確認してみる

地動説をめぐる歴史を少し勉強してみました!

コペルニクス

地動説の嚆矢となったのはポーランドのニコラウス・コペルニクスです。1543年コペルニクスが『天体の回転について』を発表しました。

発表当初は天体の動きを予想するのに使える便利な数学的仮説、道具の一種という立ち位置を取りました。これはコペルニクス自身の意思ではなかったらしいのですが、現実的な軋轢を避けるために必要とされた「言い訳」でした。

功も奏してか、このコペルニクスの説に対して教皇庁は強硬な措置を取りませんでした。

コペルニクス以後

コペルニクス以後、地動説を発展させたのは以下の人々でした。

ジョルダーノ・ブルーノによって、宇宙は無限だとされた。

ヨハネス・ケプラーによって、惑星は楕円運動をとるとされた。

ガリレオ・ガリレイは望遠鏡の利用によって、地動説を唱えた。

この中で、ブルーノは異端として処刑されました。

ガリレオ・ガリレイについては、有名な裁判にかけられています。

一度目は1616年。地動説を他人に説いてはいけないとの判決。その際にコペルニクスの説も異端とされました。

二度目は1633年。前回の判決を守っていなかったため行われました。この判決でガリレオは軟禁状態になってしまいます。

魔女狩り

魔女狩りについては教会の権威を示すためのものとして、熾烈を極めました。拷問による自白の強要が行われ、多くの「魔女」とされた人々が苦痛を避けるため虚偽の自白を行います。

『チ。』と共鳴する

ガリレオ裁判をはじめ、地動説の弾圧は実際にあったことです。そして、魔女狩りのように異端者とされたものには厳しい拷問が課せられていたこともあります。

『チ。』では、読者側が漠然と持っている知識と共鳴することを利用して、とある仕掛けが施されています。

第一巻から第七巻までは、歴史サスペンスのような緊張感を持った物語が進行していきますが、最終巻で衝撃的な展開になります。僕は虚を突かれて、二度見しました。

ここで起こったのは、物語自体が矮小化していった結果、現実と相対化したという感じでしょうか。

詳しくは是非とも本作をお読みいただきたいのですが、物語舞台の「外」を強く意識させる展開となります。それが物語と現実との違いを考えさせられるきっかけとなりました。

メタフィクションとして

全く予想外だったが、私は…私は、この物語の悪役だったんだ。

『チ。』(8)

多数の異端者を刑に処してきた審問官ノヴァク。彼こそ最も衝撃を受けた一人でした。

そもそも、ノヴァクは「善良」な男だと言えます。彼は、異端審問官であることを娘に告げることができませんでした。そこには一抹のうしろめたさが垣間見えます。それでも、家族や世界を異端者から守りたいと考えていました。

第五巻に登場する娘にプレゼントを渡すエピソード。ここから彼は良い父親であることが伝わってきます。このエピソードを含めて、この時に起きたことによって、ノヴァクの印象は大きく変わります。

ノヴァクは、後に若くして死を選んだラファウを気の毒に思ったことを独白します。しかし、その気持ちを無視してしまった。だから彼の役回りは悪役になってしまったのだと。

彼は、良くも悪くも正義を「信じた」。正義として職務に準じた。その結果として、思いがけず悪役になってしまっていたのです。ただひとつ、浅慮であったために。

物語の自覚

物語の進行やキャラクターの行動が意図的に「物語の中の物語」として扱われることがあります。これは、読者に対して物語の構造を意識させる手法です。物語側の自己言及により、読者はフィクションと現実の境界を意識するようになります。

『チ。』は最終的に、現実との境を曖昧にしています。

最終巻の衝撃しかり、ノヴァクの悲哀しかり。

最後の最後に語られるラファウの挿話は、フィクションと現実の境目として、不思議な感覚を読者に残していきます。

ここでは、自分の直観と世界の絶美を信じた先での凶行が描かれるのですが、そこでのラファウは命を賭した「あのラファウ」とは違う存在です。

もはやこの姿は、これまで読者共々信じてきた「感動をつなぐ」命のリレーを行ってきた英雄ではないと感じてしまいます。

これまでのテーマとは立場が逆転しているラファウの姿。いわば弁証法的なアンチテーゼとして働いています。

テーゼとアンチテーゼによるアウフヘーベン。

これが最終巻で起こっていることです。

それが、この作品のすごみのひとつ。

ここは是非とも、物語を最初から最後まで読んでいただきたいです。

教義も、真理も、「信じる」一辺倒ではいけない。

英雄として持ち上げるのではなく、狂信と切って捨てるのではなく、「?」と思うこと。

おわり

作者である魚富(うおと)さんは1997年生まれ。とても若い作家さんです。これからの活躍が大変楽しみです。

それでは、今回はここまで! お読みいただきありがとうございました。

書誌情報

魚豊『チ。-地球の運動について-』、小学館、ビッグコミックス

高橋 憲一『よみがえる天才5 コペルニクス』筑摩書房、ちくまプリマ―新書、2020年

「世界史の窓」、https://www.y-history.net

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